「平成」がまさしく競泳水着フェチの時代だった3つの理由

平成もいつかは終わりを迎えるものだと常々思っておりましたが、平成の天皇であらせられる今上天皇陛下が現皇太子殿下に譲位されることになるとは思いもよりませんでした。
この時代が平成31年4月30日で終わり、新しい元号が2019年5月より始まります。

そんな中、平成という時代をいろいろな角度で振り返っていましたが、sukumizu.tv的にはやはり平成とフェチの関係とは何だったのか、ということについて考えなくてはならないと思い、この記事を書いています。

結論から言ってしまえば、世の中にあまねくフェチが存在しており、そのほとんどが平成時代に広く人々に知られるようになったおかげで華開いた分野もありますが、競泳水着については、まさに時代の恩恵を大きく受け進化し、一つの大きな流れを見ることができたフェチであったと考えます。

今回はそんな平成時代は競泳水着フェチの時代でもあったということについて、3つの理由をお話致します。

昭和~平成は具体的に何年だったか

まず理由について触れる前に元号のおさらいをしておきましょう。
昭和、平成は以下の時代の元号になります。

昭和
1926年12月25日~1989年)1月7日
平成
1989年1月8日~2019年4月30日※予定

現在では一般的に知られる昭和の歴史としては、第二次世界大戦後の1945年以降がメインとなっており、このあたりで現代、近代の切り分けがなされているようです。

平成が競泳水着フェチの時代であった3つの理由

それでは具体的に平成がなぜ競泳水着フェチの時代であったかについて3つの理由について解説致します。

平成は競泳水着が最も変化した時代であった

平成は競泳水着が最も変化した時代であった

▲平成は競泳水着の形状が大きく変化した時代でもある。右側の写真にあるような形状はフェチ的な見方をすれば、最初は人気がなかった。

昭和時代の競泳水着はいわゆる旧スク水のような形状から、新スク水、パイピングタイプの競泳スク水のような形状に進化した時代でした。
もちろんこの頃から競泳水着に魅力を感じる、フェチ的な心情を持つ人は少なからずいたと思いますが、現在のようなハイレグに至ったのが昭和末期頃になります。

以下のページでも水着の歴史について触れておりますので、併せてご参照ください。

平成に入ると競泳水着の進化が加速していきます。

オリンピック競技ではいかに自国をアピールするか、という前提があるため、それまで選手強化がメインだった競泳も水着メーカーが参戦して、速く泳ぐための水着が作られるようになりました。
競泳水着のハイレグ化が始まったのもだいだいこの時期からになります。

2000年に入ると、X-FLATと呼ばれる生地が極端に薄く、着用した際のイメージが裸に近いものまで登場するようになりました。

しかし女子選手への盗撮問題、さらにはメーカーによる過剰なまでの水着の加工が問題視されるようになり、2009年を境に使用される生地などが見直され、現在の主流になっている全身タイプの競泳水着へと変化しました。

このことを考えると、競泳水着の形状が一番変わった時代であると言えるのではないでしょうか。

そして競泳水着フェチの心境も、その時代ごとに変化しているのも特筆すべき点です。

1990年代初頭においてはハイレグ化の波があり、やはり目を引くということもあって、男性的な目線で言えばレースクイーンが着用するレオタードと同一視される場面もありました。

2000年代はじめに作られたX-FLAT

▲薄い競泳水着の代表格とも言えるX-FLAT。平成の時代が生んだ伝説的な競泳水着だ。

それが2000年に入ると、速く泳ぐために水の抵抗を極限にまで低減することが出きる薄い競泳水着が登場することになり、競泳水着をエロス的な観点で見る人が爆発的に増えます。ところが先述の通り、2009年以降競泳水着の形状が大幅に見直されることになり、ハイレグだった競技用の水着はスパッツ型(ショートジョン・ロングジョン)から全身型へと姿を変えるようになり、いったんは競泳水着フェチというジャンルが落ち着きを見せ始めます。

ところが今度は身体へフィットするフェチという観点から、スパッツ型や全身型の経衣水着が好きな人が現れるようになり、一口に競泳水着フェチと言っても、ハイレグが好きな人、全身型も好きな人、といったように多様化を見せ始めました。

これが平成という時代の中で一気に起こったことを考えると、まさに平成は競泳水着フェチの大局を縮図にしたような時代であったのではないかと考えます。

インターネットによる新しい情報インフラ・SNSの台頭

インターネットによる新しい情報インフラ・SNSの台頭

▲インターネットの出現。そしてSNSのインフラ化によって、フリーモデルやコスプレイヤーが活動しやすくなった。

これはどの分野にも言えることですが、インターネットの台頭が競泳水着フェチの存在を明るく照らし、広めたと言ってもいいでしょう。

昭和における情報インフラといえば、テレビ、新聞、出版がその殆どを占めておりましたが、平成に入り1990年代末期を迎えると、インターネットが新しい情報インフラとして世の中に浸透し始めました。

現在ではもはや言うまでもない話かもしれませんが、インターネットは双方向による情報発信を実現したインフラであり、その中で競泳水着フェチの人たちが情報を発信し始めたことにあります。
同好の人たちが水着フェチに関するサイトを立ち上げ、その道のプロしか発信できなかった情報がどんどん世に出るようになりました。

特に、老舗サイト「競泳水着が好きに代表されるような画像掲示板を中心とするサイトの登場によって、それぞれがオリジナルの競泳水着の画像をやり取りするようになるなど、新しいかたちのコミュニケーションが生まれました。

また2000年代中期にはSNSが流行の兆しを見せますが、mixiの存在も同好の人たちのコミュニケーションツールとして機能したことは覚えている人も多いでしょう。

そして2000年代後半から現在の2019年まで社会インフラの基盤ともなったTwitterは、気軽に同志を見つけることができたり、情報を発信したりできるものとして、広く利用されるようになりました。Twitterではハッシュタグ(例えば、#競泳水着など)を利用した検索も可能なため、簡単にお目当ての画像にたどり着けるなど、もはや競泳水着フェチが当たり前の存在であるかのような動きを見せています。

昭和時代に競泳水着フェチがいなかったのか、と言えばそんなことはないと思いますが、ほとんどの場合テレビや出版、または一部AVメーカーによって作られたものが一方通行的に情報が提供されるだけだったので、現在ほどの盛り上がりを見せることができなかったという点が、平成との大きな違いでしょう。

競泳水着を着用する女性が増えた

競泳水着を着用する女性が増えた

▲昭和の頃と比べて平成時代のほうが競泳水着に関心を示す女性が増えた?

インターネット・SNSが情報を発信するための重要なインフラであることに起因していますが、平成を競泳水着フェチの時代の理由として、競泳水着フェチの世界において平成と昭和の大きな違いは競泳水着を着用する女性が増えたから、というのも挙げられます。

インターネットの存在によって、これまでサブカルとして扱われていたアキバカルチャーがメインストリートに成り代わったというのは、多く人が知るところだと思いますが、2000年に入るまで閉鎖的な考えのもと親しまれてきたコスプレが大きな広がりを見せるようになり、現在ではコスプレしていても基本的にはそれ自体を咎めるような時代ではなくなりました。

そこに多くの女性が参加するようになり、コスプレとして競泳水着を着用する女性が増えました。

この点において下支えになったのがコスチュームとしての競泳水着で広く知られるrealiseの存在でしょう。

多くの女性モデルに競泳水着のことを注目させることになったrealise、N-106

▲通称「例の競泳水着」で知られるrealise製、N-106。多くの女性モデルが競泳水着に注目することになったきっかけの水着だ。

フロントジッパーを取り付け光沢感の強い生地で作られた「例の競泳水着」がスマッシュヒットしたことで、スポーツの世界で用いられるような競泳水着を着用するコスプレイヤーやモデルが増えたことが一番の大きな変化だったのではないかと考えます。

コスプレ文化がメインカルチャー化する以前は、競泳水着といえば、基本的には日頃から水泳に慣れ親しんでいる人や、水泳選手くらいしか着用することがなかったわけですから、そこから考えれば裾野は大きく広がったと言ってもいいでしょう。

3つの理由の流れをまとめてみる

さて、平成が競泳水着フェチの時代であったということについて3つのポイントで解説いたしましたが、これらを複合的に時間的な流れに当てはめてみると、なんとなくですが更にわかりやすいものができあがりました。こちらの図で確認してみましょう。

なお図内の時系列は正確に測ったものではなく概略ですので、あらかじめご承知おきください。

平成の競泳水着フェチ要素を組み合わせた図

▲3つのポイントを組み合わせてみると、それぞれの要素が2000年代に集中している。ちょうど平成の真ん中の時代だ。

3つのポイントを組み合わせてみると、競泳水着フェチに関する事項で一番大きな動きがあったのが2000年代であることがわかります。

実際に2000年代は現在の競泳水着フェチの土壌を醸成した期間であるのではないかと考えていたため、それに当てはまっているのではないかということがこの図からわかります。
そして2000年代は約30年ある平成の中でもど真ん中と言える時代です。

まさに平成は競泳水着フェチの時代であったと言えるのではないでしょうか。

まとめ:競泳水着フェチの時代だった平成とこれから

今回は平成が競泳水着フェチの時代であったということを解説致しました。

平成という時代は別に競泳水着だけに限った話ではなく、情報インフラが大きく変わってしまったことによる人々の暮らしの変化にスポットのあたった時代だったと思っております。

これから新時代を迎えるにあたって、このジャンルがどのような方向に行くのかはまだわかりません。
おそらく引き続き、スパッツ型、全身タイプの競泳水着が席巻することにより、ハイレグという路線は廃れる可能性もあるかもしれません。

特に#metoo運動に見られるようなポリティカル・コレクトネス運動によって、ワンピース型の水着もどうなってしまうかわからない状況です。しかし、この運動も問題視される場面もあり、一部ではポリコレ疲れが起こっているとも聞きます。

その中で水泳競技の人気がなくなってしまい、ビーチバレーのような見せるためのスポーツ化するような流れが生まれれば、もしかするとハイレグ競泳水着の復権もあるかもしれません。

これからの競泳水着フェチにどんな変化が訪れるのか、引き続き観測を続けて参ります。

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