グラビアなどではなかなかお目にかかることはありませんが、フェティッシュ系コンテンツなどでラバー系の競泳水着を見かけたことがある人はいるのではないでしょうか。
普段、水泳競技においてはまず見かけることのないラバー素材の競泳水着。しかしコスチュームとしては当たり前のように存在しているため、「ラバーやエナメルの競泳水着が、スポーツのシーンでもまことしやかに存在していたのでは?」と思う人も少なくありません。
結論から言えば、ラバー素材の競泳水着は確かに存在しました。しかもそれは一部のマニア向け製品ではなく、オリンピックの記録を塗り替える争いの真ん中にあった、日本のメーカーが開発した素材でした。
今回は、そのラバー競泳水着がどのように登場し、なぜ姿を消したのか。そして現在も入手できるのかについて解説します。
なお、ラバーやラテックスという素材がフェティッシュ文化においてどのような位置づけにあるのか、そもそも「ラテックス」「ラバー」「ゴム」は何が違うのかという点については、ラバーフェチ・ラテックスフェチとは?ゴムとの違いと競泳水着の関係を解説で詳しく扱っています。本記事は、そのうち「競技用の水着として実在したラバー素材」に絞って解説する内容です。

かつては存在していたラバーの競泳水着
結論から言ってしまえば、エナメル製の競泳水着は競技用としては存在しませんでしたが、ラバー素材の競泳水着は確かに存在していました。
時代で言えば、FINAが競技で使用する水着に対して厳格な基準を設けた2009年より前になります。
具体的な起点ははっきりしています。2007年10月、ラバー素材を用いた水着がFINA公認の競泳用水着として承認を取得しました。この時点で、ラバー素材の競泳水着は「競技で使える正規の水着」として認められていたわけです。
※FINA(国際水泳連盟)は2022年12月にWorld Aquaticsへ名称を変更しています。本記事では当時の名称であるFINAで表記します。
2008年、高速水着競争とレーザーレーサーの衝撃

2000年代後半の競泳水着は、競技で速く泳ぐことを目的とした技術・素材開発が加熱していた時代です。各国メーカーが我先にと水着の高速化を目指し、水着の表面は水流抵抗を減らすために極限まで平坦化され、水流をコントロールする機能がふんだんに詰め込まれていました。
その競争を決定的なものにしたのが、2008年2月13日に発表されたspeedoのLZR Racer(レーザーレーサー)です。
レーザーレーサーは何が革新的だったのか
この水着はNASAの協力を得て開発されました。ただし、しばしば誤解されているように「レーザーで生地を接合した」わけではありません。
NASAが担ったのは、ラングレー研究センターの風洞を使った抗力試験です。通常の縫製による縫い目、超音波で溶着した縫い目、そして生地単体――この3パターンで抗力を比較検証し、どの構造が最も水の抵抗を受けにくいかを突き止めました。
その結果採用されたのが、縫うのではなく超音波で生地を融着する「超音波溶着」という手法です。縫い目の凹凸をなくすことで抗力を大きく削減し、ファスナーまで低背化して生地の内側に溶着するという徹底ぶりでした。
「LZR」という名称は「レーザー」と読ませるブランドネームであって、製法を表したものではないわけです。
そして同年8月の北京オリンピック。この水着を着用した選手が軒並みタイムを上げ、大会で更新された世界記録25のうち23がLZR Racer着用者によるものという、記録ラッシュが起こりました。
バイオラバースイム ― 日本発の対抗素材
そんなレーザーレーサーと並んで注目を集めたのが、通称「バイオラバー競泳水着」と呼ばれた水着です。

まず、素材名を正確にしておきます
通称として「バイオラバー競泳水着」が広く流通していますが、この水着に使われた素材の正確な名称は「バイオラバースイム」です。開発当初は「SCSファブリック」と呼ばれていました。
紛らわしいのですが、同社の「バイオラバー」という素材とは別物です。「バイオラバー」は電源を使わずに赤外線を放射する健康・医療分野向けの素材であり、水着用途のものとは異なります。メーカー自身が公式サイトで「バイオラバー素材とバイオラバースイム素材は全く異なるものです」と明記しているほどです。
以降、本記事では通称としての「バイオラバー競泳水着」と、素材名としての「バイオラバースイム」を区別して表記します。
開発したのは大阪の素材メーカー
素材を開発したのは、大阪のメーカーである山本化学工業株式会社です。
同社はもともとウェットスーツ用の素材メーカーで、トライアスロンやオープンウォーターの分野ではトップシェアを持っていました。放射線遮蔽素材や複合特殊ゴム製品も手がけており、その技術が水着にも応用されたと考えられます。
ここで押さえておきたいのは、山本化学工業はあくまで素材メーカーであり、水着ブランドではないという点です。この素材を採用した競泳水着は、neroやKOZといった複数のブランドから発売されました。
「タコヤキラバー」と呼ばれた理由
当時、この素材には「タコヤキラバー」という愛称がありました。
由来は素材の構造そのものです。表面にたこ焼き器のような無数の気泡が開いており、その穴が水分子を捉える仕組みになっていました。この見た目と機能から、関西のテレビ取材をきっかけに「タコヤキラバー」という呼び名が広まったとされています。
大阪のメーカーが開発した素材に大阪の名物の名がつく、という出来すぎた話ですが、表面に無数の穴があるという構造は、この素材の性能の中核でもありました。
何が試合を有利にしたのか
バイオラバースイムを使った競泳水着は、レーザーレーサー同様に非常に締め付けが強いことが特徴でした。
こうした、試合を有利に運ぶ要素が詰め込まれていました。この点はレーザーレーサーも同じコンセプトです。
レーザーレーサーと異なる点を挙げるとすれば、素材の特性上、水着自体に浮力があったことです。試合を有利に運ぶためのものという点では、極めて理にかなった性能でした。
こうした特徴から、これらの水着は「アスリート本人の能力とは別に、身体を強制的に泳ぐ姿勢にして競技に臨ませるもの」という見方をされるようになります。選手に外骨格のサイボーグスーツを着せるようなイメージと言えばわかりやすいでしょうか。
日本水泳連盟と国内3社の顛末
ここからは、日本国内でしか起こらなかった出来事です。
北京オリンピックを前に、レーザーレーサー着用選手の記録ラッシュを目の当たりにした日本水泳連盟は、契約メーカー3社(アシックス・デサント・ミズノ)に対し、異例の五輪用競泳水着の改良を要求しました。
これを受けて山本化学工業は急遽記者発表を行い、日本代表選手のために、契約3社へ素材を無償で提供すると発表します。素材メーカーが完成品メーカー3社に一斉に素材を差し出すという、通常ではありえない動きでした。
実際にミズノとデサントが、この素材を一部に使用した水着を発表しています。
しかし、結果は芳しくありませんでした。両社とも素材の使用は水着全体の30%程度に留まり、期待された効果は現れず、実際に着用した国内選手はほとんどいなかったと伝えられています。
とはいえ北京オリンピックでは、100名以上の選手がこの素材を使用した水着で出場したとされており、日本の素材メーカーが世界の高速水着競争の只中にいたことは間違いありません。
世界へ広がったバイオラバースイム マークⅡ
物語には続きがあります。
2009年、山本化学工業は改良版となる高速水着素材「バイオラバースイム マークⅡ」を発表しました。
そしてこの素材は、日本国内よりもむしろ海外で採用が進みます。イタリアのarena、Jaked、ニュージーランドのblueseventy、アメリカのTYRといった名だたるメーカーが、この素材を使った水着を商品化しました。
北京オリンピックで国内メーカーに採用されきらなかった素材が、翌年には世界のトップブランドに渡っていた。この逆転はあまり知られていませんが、日本の素材技術の底力を示すエピソードです。
なぜラバー競泳水着は禁止されたのか
過熱した技術競争は、やがて「テクノロジカル・ドーピング」と呼ばれるようになります。記録を出しているのは選手なのか水着なのか、という議論です。
この事態を重く見たFINAは2009年、織物素材の水着でなければ競技での使用を認めないというルール改正を採択しました。適用開始は2010年1月からです。
決定と施行に1年の開きがあるのは重要な点で、2009年シーズンはまだ高速水着が使用可能でした。ルールが実際に効力を持ったのは2010年からです。
この改正により、ラバー素材の競泳水着は競技の世界から完全に姿を消しました。
いまではラバーの競泳水着は存在しなくなった?
こうして苛烈な技術競争が行われた競泳水着の世界から、ラバー素材の競泳水着は姿を消すことになりました。
製品のデッドストックなどは残っているかもしれません。しかし着用する人もいなくなりましたし、何よりラバー素材は非常に寿命が短いという問題があります。登場から20年近くが経過した現在では、たとえ未使用の新品であっても、ひび割れなどが発生していて着用に耐えられるものではなくなっている可能性が高いでしょう。
それでは、コスチュームではない、プールなどで実際に着用できるラバーの水着は、完全にこの世から失われたのでしょうか。
SWIMHXBYの水着は『ラバー』ではない

ここで、多くの人が混同している点をはっきりさせておきます。
「今でもラバーの競泳水着は買える」という文脈でよく名前が挙がるのが、2012年に中国で生まれたブランドSWIMHXBYです。Amazonなどで比較的簡単に手に入るため、ラバー競泳水着の後継のように受け取られることがあります。
しかし、SWIMHXBYの水着はラバー製ではありません。
素材構成はポリウレタン50%、ナイロン40%、合成繊維(エラスタン)10%。つまりPU(ポリウレタン)系の素材であり、天然ゴムから作られるラテックスとも、山本化学工業が開発したバイオラバースイムのような合成ゴム素材とも、まったく別の系統の素材です。
なぜラバーに見えるのか
見た目の印象がラバーやラテックスに近いのは事実です。理由は主に2つあります。
1つは光沢感です。ポリウレタンは表面が滑らかで光を強く反射するため、ラテックス特有のツヤに近い見え方をします。写真で見た場合、日頃から見慣れている人でない限り両者を判別するのは困難です。
もう1つは伸縮と密着です。エラスタンを含むPU系素材は身体によく伸びて密着するため、着用した状態のシルエットがラバースーツに近くなります。
視覚的な印象が似ているというだけで、素材としては別物です。ゴム特有の匂いも、ゴムが持つ独特の引き戻す力も、PU素材にはありません。
競技では使用できません
なお、現在の水泳競技においては、FINA(現World Aquatics)によって承認された水着でなければ公式に使用が認められないため、SWIMHXBYの水着を競技で使うことはできません。これはPU素材であることに加え、そもそも承認リストに含まれていないためです。
TIGORAのバイオラバー競泳水着とSWIMHXBYのラバー競泳水着を比較してみた

バイオラバー競泳水着は先述の通り、締めつけ感が非常に強いことが特徴です。
実際に比較してみたところ、SWIMHXBYはその締めつけ感が弱く、どちらかといえば柔らかく伸びて身体にフィットする性能を備えているように見えます。
これは前章で述べた素材の違いから考えれば当然の結果です。片方は競技で1000分の1秒を削るために開発された合成ゴム素材、もう片方は着用感と外観を重視したPU系の生地。そもそも設計思想がまったく異なります。
写真でも光沢感の違いは判別できますが、実際に手に取ると差はさらに明確です。バイオラバーの水着は「着る」というより「装着する」に近い感覚があり、SWIMHXBYにはそれがありません。
「同じラバー競泳水着」として並べて語られることが多い2着ですが、素材の系統が違う以上、比較対象として並べること自体に無理があるというのが、実物を見た率直な感想です。
コスチュームとしてのラバー競泳水着は、今も作られている
ここまでは競技用の水着の話でした。視点をコスチュームに移すと、話は変わります。
数は決して多くありませんが、ラテックス衣装を手がける一部のメーカーが、競泳水着型のラバー・ラテックス製コスチュームを製作しているケースがあります。こちらは前章のSWIMHXBYのような「ラバーに見えるPU素材」ではなく、正真正銘のラバー・ラテックス素材です。
ただし、競技用の高速水着とは目的がまったく異なります。速く泳ぐためのものではなく、着用することそのものを目的としたプレイアイテム・衣装としての製品です。素材の性質上、扱いも競泳水着とは別物になります。
こうした製品はラテックス衣装専門のメーカーが少量で手がけていることが多く、量販されるものではありません。「探せば見つかるが、簡単に手に入るものではない」という位置づけです。
「ラバー競泳水着」は3種類に分かれる
ここまでの話を整理すると、ひとくちに「ラバーの競泳水着」と言っても、実際にはまったく別の3種類が混在していることがわかります。
| 種類 | 素材 | 現在の入手性 |
|---|---|---|
| 競技用の高速水着 | バイオラバースイム(合成ゴム) | 実質的に入手不可。デッドストックも劣化 |
| ラバー風のスポーツ水着 | PU(ポリウレタン)系 | 通販で容易に入手可能 |
| 競泳水着型のラバーコスチューム | ラバー・ラテックス | ラテックス衣装メーカーが少量製作 |
「ラバーの競泳水着はもう存在しない」という説明も、「今でも買える」という説明も、どちらも半分しか正しくありません。どの種類の話をしているのかによって、答えが変わるためです。
ラバー製コスチュームの世界がどのようなものかについては、ラバーフェチ専門ショップへの訪問取材記事もあわせてご覧ください。
エナメル素材の競泳水着は存在するのか

ここまでラバーの話をしてきましたが、エナメル素材についても触れておきます。
冒頭で述べた通り、競技用としてのエナメル製競泳水着は存在しませんでした。エナメルは一般に、生地の表面に樹脂をコーティングして光沢を出した素材を指します。表面が滑らかで光沢が強いため一見すると水中で速そうに思えますが、伸縮性と通気性に乏しく、競技用のフィット構造には向きません。
一方で、コスチュームの世界ではエナメル素材の競泳水着型衣装は数多く存在します。撮影用衣装やフェティッシュ向けのコスチュームとして、むしろ定番と言っていい素材です。
つまり「エナメルの競泳水着」は、競技用としては存在しないが、コスチュームとしては当たり前に存在するというのが正確な答えになります。
コスチューム側のラバー調・エナメル調の競泳水着については、ラバーフェチ・ラテックスフェチとは?で実際の製品を挙げながら紹介していますので、そちらをご覧ください。
まとめ|消えたのは「競技用のラバー競泳水着」だけ
私たちが2000年代後半に目にしたような、競技用のラバー競泳水着は姿を消しました。
とにかく速く泳ぐために、強く締め付けるゴム素材の競泳水着。それは日本の素材メーカーが世界の競争の中心にいた、短くも濃密な数年間の産物でした。ルールが変わり、その役目は終わっています。
しかし「ラバーの競泳水着」そのものが絶滅したわけではありません。目的が競技から離れただけで、コスチュームの世界では今もラバー・ラテックス製の競泳水着型衣装が作られています。むしろ速く泳ぐという制約から解放されたことで、素材の質感や光沢そのものを楽しむための衣装として、純化したとも言えます。
一方で、量として最も流通しているのはPU素材の「ラバーに見える水着」です。素材としてはラバーではないのに、それでも十分に成立してしまう。この事実は、私たちが惹かれていたものが素材そのものというより、光沢と密着が生む「あの見え方」だった可能性を示しています。
かつての高速水着に思いを馳せるもよし、本物のラバーコスチュームを追いかけるもよし、手軽なPU素材の一着から入るもよし。それぞれが別のものだと知っていれば、選び方も、見え方も変わってくるはずです。
なぜラバーやラテックスという素材が、これほど競泳水着フェチと隣り合わせにあるのか。その理由についてはラバーフェチ・ラテックスフェチとは?ゴムとの違いと競泳水着の関係を解説であらためて掘り下げています。


