弊サイト、sukumizu.tvを定期的に視聴している方からすれば、何らかの後ろめたさは感じるかもしれませんが、競泳水着が好きというだけで変態だとは思わないかもしれません。
ただこういった性癖というのは他の人から見れば変態的な扱いを受けることもあるというのは感覚としてもっている方が多数だと思います。
今回は競泳水着が好きというだけで変態扱いされるかどうかについて考えてみました。
そもそも変態の定義はどういったことなのか
私達が気軽に使う「変態」という言葉には、当然のことながら意味が存在します。意味が存在するということは定義をつけることができるはずです。
まず変態の意味について確認しましょう。
変態(へんたい)とは、形を変えること。また標準的なものから変異した状態。また派生的に変態性欲、変態性欲者のことをいう。さらに派生して精神性、行動、スタイルなどが異様で突飛なことを指すこともある。
引用:Wikipedia
このように変態は元あった姿から別の姿に変わる様を意味した言葉です。
これは動物や昆虫の生育過程において携帯を短期的に変化させることに対して使われることが多く、例えば蝶の場合は卵から幼虫、蛹の時期を経て蝶に変化します。このことを完全変態と言うそうですが、通常の状態ではない状態に変化する、異常な状態に変化する様から性的な意味で変態という言葉が使われるようになったと考えられます。
本来の目的を完了させる性行為、つまり子孫を残すことを目的としたセックスであれば、男女が裸になることはあっても性器の挿入行為事態は一般的に必須な行為であるため、この点においては変態と認められません。逆にその部分から大きく逸脱した行為や嗜好が変態と言われる領域になると考えられます。
文化的背景が変態かそうでないかを見極めるポイント
上記のように通常の性行為以外に対して逸脱した行為であれば変態に当てはまると考えられますが、例えば日本では大正時代にオナニーは変態行為と言われていましたし、口で性器を愛撫する行為(フェラチオ、オーラルセックス)は中世ヨーロッパでは変態行為として認められていたと言われています。
もちろんこれらは厳密には人によって好き嫌いは分かれるにせよ、現代においては一般的な性行為の範疇として考えられていることが多いため、このことを指して「変態」とは言う人はほとんどいないはずです。
実際、先述のフェラチオはインドのカーマ・スートラで描写があり、紀元1世紀に栄えた南米のモチェ文化でフェラチオをする人物の土器が発掘されています。
反面、中世ヨーロッパでは変態行為として忌み嫌われていたり、近年ではシンガポールで刑事罰対象の行為とされていたことを考えると、結局のところ変態かどうかはその時代の文化的背景が大きく影響を与えていると考えるほうが腑に落ちやすく思います。
日本国内における競泳水着の文化的背景
日本国内において競泳水着が好きな人に対する風当たりは1990年代前半・後半、2010年それぞれの前後で大きく変わったことを筆者は体験、実感しているところがあります。
1990年代前半はマニアックすぎるジャンルだった

2000年に入る前は今のようにインターネットを使う人が限られていたということもあり、競泳水着の女性を見ることができるのはスポーツの場以外であれば、エロ本やAV(アダルトビデオ)またはお菓子系の雑誌が主流でした。

今思えば競泳水着が好きな人は少なくなかったと思われますが、やはり自分の性癖をリアルな場で話すことは恥ずかしいとされていた時代だったため、パートナーに打ち明けるのも一苦労だったかもしれません。
つまり性癖としての競泳水着が好き、というのはエロ本やエロビデオ的な視点で受け止められることが一般的だったと考えられます。
個々で情報の共有が始まった1990年代後半
2000年代に入ると日常的にインターネットを利用する人が増え始めます。
当時日本国内でよく利用されていた検索エンジンはディレクトリ型検索サイトと呼ばれる形式の「Yahoo!」でしたが「競泳水着」と検索すれば競泳水着画像を取り扱うサイトにアクセスすることができました。
こうした背景から競泳水着が好きな人がサイトに集まるようになり、掲示板やチャットといったもので交流をし始めます。
2004年には日本人にとってSNSという考え方の礎となったmixiがサービスイン。さまざまな趣味嗜好がネット上で語られるようになります。
この頃になると日本のアニメーションの価値も同じような理由で認知されるようになり、コスプレとともに市民権を獲得していきます。
ただこの時点では、競泳水着はまだまだマニアックな世界のものとして受け止められる傾向にありました。
例の競泳水着で一気に脚光を浴びることに

2010年代前半、コスプレから派生したフリーランスの撮影モデル、撮影会の存在が認識され始めます。
2010年代に入った時点ではコスプレ用の衣装として競泳水着は認識されていましたが、それをセンセーショナルなものにしたのはREALISE製で「例の競泳水着」と呼ばれた衣装の存在です。
実際には競泳水着そのものでないのは確かですが、何よりもモデルを始めとする多くの女性に受け入れられ、一気に競泳水着に対するハードルが下がったと考えられます。
今日においては競泳水着に対する認識はあまり変態らしさを感じない時代となっている
このような時代、文化背景を経て現在に至ったため少なくとも1990年代と比べれば競泳水着に対する変態的な認識は薄まったように考えられます。
もっとも一般的な性的指向でないのは変わらないため、人によって考え方は変わるかもしれません。
ただ例の競泳水着に着目としたのは紛れもなく女性だったことが大きく作用したのではないでしょうか。




